ガーデン・シュレッダー

小さな森の管理のため、ガーデンシュレッダーなるものを購入したのは、10年ほど前のこと。HM-1605 という製品で、値段は3万円余。太さ1〜2cm程度の枝を、3cmほどのチップにしてしまう機械である。
(以下は悪戦苦闘の記録)

使い始めて最初のうちは調子が良いので、何本もの枝を突っ込み、負荷がかかりすぎては動作が停止するので、逆回転スイッチで枝を戻して、詰まり物を除き、再スタートといった具合。だいぶ仕事がはかどったあと、負荷のための停止のあと、再スタートできなくなり、機械はそのまま放置することになった。

10年めの今年春、スイッチを入れてみたが、やはり動かない。
そこで、安価な新機種を購入したのだが、この機械は、力が弱く、切断方式も異なり、作業中は腕の力で枝を押し込み続けていなければならない。残りの枝が短くなったら専用の「押し込み棒」で押し込む。これでは、すぐに腕が疲れてしまう。

最初のHM-1605は、切断刃が歯車(ギア)の形になっていて、歯車が枝を引き込みながら切断するので、最初に枝を軽く突っ込むだけで、どんどん切断してくれて、楽だった。
この春に、念のためにHM-1605の本体外カバーのネジを外し、中を入念に清掃後、スイッチを入れたら動き出した。微細な破片などの詰まりが動作不良の原因だったようだ。半月ほどして、だいぶ作業がはかどったあと、必ずしも処理しなくても良かった篠などをまとめて突っ込み、再び故障の憂き目に遭った。今回は清掃くらいでは動かない。
(カバーを開けた状態で、スイッチを押し続け、回転ファンを手動で少し動かしてやると、動き出すが、スイッチを離すと停止する)
LSG2100
その後、半年ほどして、安価な中古の同等品と思われるもの(LSG-2100)を入手。
外カバーは綺麗で酷使された形跡はないが、回転刃の表面の錆びが気になる。動作は、快調というわけにはいかなかった。枝の量がそれほど多くなくても停止してしまうことがある。詰まって停止したときは、逆回転で戻してから、再スタート、という方式のはずなのだが、いきなり再スタートボタンを2秒程度押し続けると、それ以後は普通に動く。旧機種ではそのようなことはなかった。弱めの負荷でも自動停止してしまうということだろう。

自動停止のメカニズムについて想像すると、回転数が基準値より下がったときに、自動停止すると思われる。始動のとき、スイッチを一瞬だけ押したのではすぐに止まってしまい、1〜2秒押し続けて、回転数が上がって基準に達してからスイッチの指を離す。安全性を考えてのものだろう。
動作不良は、概ね、回転数不足によるものだと思う。

回転数不足の原因には、どんなのがあるだろうか。
1、大量の枝を投入。歯車の凹の部分に、いったんはチップになった枝が余裕をもって全て収まる量でなければならない。
2、回転部分に、細かい木屑や繊維などの異物が引っかかったりして回転不足を起こすことがありうる。説明書に竹類は不可と書いてある。「枯木はなるべく粉砕しないでください」というのは、微細な粉末などが詰まって、清掃せずに固まるようなことがあるのかもしれない。
3、刃受け部分の不安定。
4、刃の劣化。
5、電気的な原因。指定外の細い延長コードでは電圧不足になる。そのほか電子部品の問題からくるもの。

HM-1605の本体カバーを開けたとき、内部はモーターと歯車などの主要部分の他、2つのパーツがプラグ方式で接続されていた。1つは大型コンデンサー、1つはスイッチ基盤である。外したり付け替えたりは簡単に出来そうなので、同等機種ならパーツを交換して、動作を確認できるかもしれない。

★補足
ホームセンターで、植木剪定の機械用の潤滑スプレーを発見。潤滑のほか「ヤニ取り」の効果があるという。シュレッダーの場合も、古枝の粉末と、若枝のヤニが混合して、回転部の隙間にもぐりこんで固まるなどして具合が悪くなることがありうるだろう。
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

「幡羅郷の湧水群」など

楡影談より
『大里郡神社誌』における湧き水の記録(7月21日)
幡羅郷の湧水群(7月14日)

これまでいくつか昔の地図を購入してきたが、ネットで比較しながら閲覧できるところがあるのがわかった。
今昔マップ on the web
- | trackbacks (0) | Edit

「楡影談」というブログ

楡影譚(談)というブログを開始。

埼玉県などローカルな話題になる予定。

渋沢、藤原(地名の話)(7月8日)
武蔵国幡羅郡の範囲と人口(7月5日)
幡羅(原)という地名(7月4日)
荒川扇状地と湧水(7月3日)
日本煉瓦製造工場と小山橋(7月2日)
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

「神話の森のブログ」の再開について

この「神話の森のブログ」のことについて、再開するのが良かろうという考えになりつつある。
昨年夏から始めた新ブログ「倚松帖」は、やはり、漢字変換をするのが困難な題名は、よろしくないということ。

こちらの古い記事をいくつか読んで見て、けっこう面白いと思った。
縄文土器の魂
古い土器を廃棄するとき、古いかけらを粉末にして新しい土器に交ぜて作る話。土偶などもそうではないか、と書き、陰部云々と少し書き加えてあるが、二つの陰部の粉末を交ぜるとすれば、実に自然な発想だ。
歴史的仮名遣
ここでは皇位継承の男系主義について、ひとこと批判を書いている(2007.7)。

さて再開にあたって、記事の移動を考えている。
こちらの2008年以後に書いた近世社会についての記事は、「古文書倶楽部」へ移動。
倚松帖」から、「神話の森のブログ」にふさわしいものをここに移動。
など。

遥音亭主人」は、読書記録を主体とした短文ブログだが、雑記も扱う予定。短文のつもりが、長めになるときもある。当初は、更に短文にしてツイッタなどでという案もあったのだが、無理に短く省くために頭をひねるのも時間のムダなので、ブログにした。

なお、カテゴリやアーカイブ表示でレイアウトが乱れていたのを修正した。
comments (1) | trackbacks (0) | Edit

新しいブログ「遥音亭主人」

11月より、新しいブログ「遥音亭主人

https://youontei.blogspot.jp/

面白い本について、頻繁に更新するブログです。
短文主体。
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

「倚松帖」からインポート

2016〜2017年の「倚松帖」の記事をインポートした。
埼玉県稲荷山古墳の鉄剣の年代 (11/18)
旅館で見た版画絵と釈迢空の歌を探す (10/31)
海幸彦山幸彦の物語 (08/10)
邪馬台国 (07/30)
A5判数10ページの中綴製本の冊子の作り方 (06/17)
『日本お伽集』などの挿絵 (04/19)
洪水伝説 (02/21)
本の持ち方 (10/12)
蔵書の処分 (09/29)
「古代」と「渡来人」 (09/19)
東日本大震災から5年半 (09/11)
8月8日の陛下のお言葉 (09/09)
外江戸古文書会 (09/07)
大野晋『日本語の起源』 (09/03)
歴史的仮名遣ひ(本ブログの表記) (09/01)
献花の持ち方、左高? 右高? (08/30)
黄泉つ伊邪那美 いろはうた (08/28)
子(ね)の日の小松 (08/26)
「倚松帖」とは (08/24)
教科書の悪文について (08/22)
昭和天皇の仮名遣ひ (08/21)
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

新ブログ「倚松帖」

本年(2016)8月22日より
倚松帖 といふブログを始めました。 http://wishyou.nire.main.jp/

comments (0) | trackbacks (0) | Edit

「神話の森」更新の計画

なかなか進まないサイト更新について、かねてからの計画を書いてみる。

「神話の森のブログ」は、記事ごとにテーマを吟味したコラムの形式で来たが、更新が少なくなってしまった。「日本を学ぶ」という一般的な主題で、読書記録など、なんでも書き留めておいたものを載せるもの良いと思う。

「歌語り風土記」は、いつか九州の百合若大臣の伝説の和歌を何かの本で見たのだが、メモするのを忘れてしまった。記事を増やすためにネット検索を利用することはないと思う。画像の追加として、本やパンフレットの表紙を簡単な紹介とともに載せる案がある。

「歌語り歳時記」は、このブログの一部分になってしまっているが、独立させたい。

「日本の神話」 一部の難解な用語の部分をのぞいた古事記の口語訳はかなりできあがっている。しかし一部の語の説明法を検討し始めたら、一筋縄でいかないこととわかって、停滞中。

以前印刷した「歌語り日本史」を利用して、「千人一首」のようなコンテンツも良いと思っている。難易度は低いので、こんなものから着手するのも良いかもしれない。
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

神話はロマンか?

神話はロマンだと言う人も多い。はたしてそうだろうか。

このブログの本館サイトの「神話の森・神話浪漫館」の名を「神話の森・物語と民俗館」に改称した。浪漫館とは語呂の良いことばだったが、その言葉の軽さは当初から気になっていた。

和歌と民俗学を基軸とした人々の信仰の問題へのアプローチ、その信仰は共同体的の性格をもつものであること、そうしたことが主要なテーマであり、語り継がれる形態は歌物語として、今に書かれる散文も類似的でなければならない、ということだった。この歌物語が神話と呼べるものである。

神話はロマンであるかもしれないし、そうではないかもしれない。
少なくとも古代をユートピアのように言うのは間違いだろう。江戸学の話を聞いていても、江戸は本当に温かみのある人間味豊かな理想的な社会であったかのように思える。それはつまり、現代に忘れかけていたものを思い出させてくれた感動のことなのだろう。過去にユートピアがあったのではなく、現代の心にも通じるものが何百年、あるいは千年以上も続いていたことへの感動であり、それを称してロマンというなら、悪いことではない。あるいはどの時代においても人は悩み苦しみ、そこから時代を越えて感銘しあえる文化を築いてきたのかもしれない。
しかし通じていたと思ったら通じていなかったこともままあるのである。
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

神話の森・神話浪漫館の構想

7〜8年前に「歌語り」という表現形式に着目して、いくつかの執筆計画を立てた。平成10年に『歌語り日本史』を仕上げて印刷し、『歌語り風土記』『歌語り歳時記』の三部作のうち、『歌語り風土記』は印刷物ではなくweb上へアップしたのが平成14年である。これはひとことでいえば地方神話のカタログである。地方神話の再構成とまではいっていない。
『歌語り歳時記』は一時単独のブログで始めたが、方針を変更してこの『神話の森のブログ』の中で展開される予定。いわゆる歳時記的なもののほか生死の問題や天体気象、動植物そのほか。

ほかに『日本の神話』と題して、古事記と日本書紀を合体させて口語訳で述べて、他の文献で補うというもの。これもweb上にアップして、関連する項目は『歌語り風土記』などへリンクするかたちが良いと思う。とりあえず、ちかぢか古事記の口語訳のみをアップして、あとで書紀の内容を追加してゆくことになる。口語訳の原稿はかなりできているのだが、漢字のよみがなをつけたり、簡単な注釈を付けるのに手間取っている。
さらに個人的に芸能芸術論と創作集なども別に考えている。
comments (0) | trackbacks (0) | Edit

  page top