神話の森のブログ

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伊勢参宮通行手形


最近テレビ番組でも伊勢神宮の話題をときどき見かけるのは、平成25年に行われる国民的行事の式年遷宮のことがあるからであろう。
伊勢について http://nire.main.jp/rouman/fudoki/31mihe.htm
伊勢といえば伊勢参り、江戸時代から盛んだった伊勢参宮の旅の話題もよくとりあげられる。
江戸時代は長旅には通行手形がないと関所を通れなかった。写真画像は幕末のころ実際に使用された通行手形である。読んでみよう。(歴史的仮名遣)

通行手形
差上申手形一札(さしあげまうすてがたいっさつ)の事
   白須甲斐守知行所
    武州幡羅郡原ノ郷村
     名主 権左衛門組下
       百姓 庄八
        弟 龍三
         当年三十五才
右の者壱人 今度(このたび) 伊勢参宮
罷(まかり)通り候(さうらふ)間(あひだ)
御関所 無相違(そういなく) 御通し被遊候(あそばされさうらふ) 仍て如件(よってくだんのごとし)
 元治元年  右名主 権左衛門
  子 六月   組頭 惣右衛門
           七右衛門
横川御関所
 御役人衆中様

武蔵国から中山道を歩き、碓氷峠手前の横川の関所を通るための手形である。
普通は村の中から選ばれた数人が代参として出かけるが、手形は一人一通なのだろうと思う。この手形は夏の六月(旧暦)のものだが、早春に旅立って田植前に帰国する例が多いと思う。早春に出かける場合は暖かい東海道を通って帰りは中山道信州廻りが普通である。

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