神話の森のブログ

日本の神話や民俗、また近世農村研究

大嘗祭について


令和の大嘗祭が、11月14、15日に執り行われた。
大嘗祭とは小学館国語大辞典に次のようにある。

「天皇が即位の後、初めて行う新嘗(にいなめ)の祭。その年に新たに収穫された穀物を、天皇みずから、天照大神をはじめ天地の諸神にさし上げる一代一度の大礼。
祭に用いられる新穀は、あらかじめ卜定された悠紀(ゆき)、主基(すき)の国から奉られ、祭の日の夜、天皇は新しく造られた大嘗宮の悠紀殿ついで主基殿で、これを神に供え、みずからも喫する。(中略)季・冬(季語は冬)」(小学館国語大辞典)

補足すれば、穀物以外の収穫物も各地から献納される。悠紀国の「国」とは明治の廃藩置県以前の国(武蔵国など)のことで、現在は県を卜定して悠紀地方、主基地方という。

「新嘗祭」とは、毎年の収穫やそれを加工したもの(酒など)を神前に供え、その年の収穫を報告・感謝し、神前から下げたものを、祭の参加者がいただく(直会や宴の形式になることもある)というもの。収穫感謝の儀礼は世界のどの民族でも伝統的に行なってきたものだが、日本では新嘗祭という形式で発展してきたもので、宮中をはじめ日本中の村々や町(の神社)でも行なわれ、あるいは別名で「秋祭」などと言っているところもある。
その年の感謝の祭なのだが、明くる年の収穫を祈る祭でもある。新しい穀物などを食することによって、感謝とともに、次の年のちからになるからであろう。

日本では穀物や食物に関する儀礼の中心に天皇があり、その天皇が代替りされることから、その役割を継承され、日本中の村々の新嘗祭を統合する形式で、新しい御代の収穫や災害のない世を祈られるということになる。
天皇が国民統合の象徴であるように、大嘗祭は国民の祈りの統合の象徴というべきだろうか。
天皇は日本の象徴ともいわれるが、それだけでなく日本の歴史の象徴でもあり、未来の象徴としても新しい天皇は即位されるのだろう。

『天皇と国民をつなぐ大嘗祭』(高森明勅)では、多数の国民が具体的に多様な奉仕によって大嘗祭に関ることの意義が語られていたと思う。律令制とともに定着したということなのだが、本は読了していない。大嘗祭が稲作を普及させることにもなったといえるかもしれない。

『日本人とは何か』(中西進 1997)で大嘗祭について少し書かれた部分が気になっているのだが、その本が見つからず、引用できない。

折口信夫の『大嘗祭の本義』は基本文献である。伊勢の神嘗祭との違いについてや、村々の祭については当時の現場を見知っていた折口の描写と語りはリアルで深いものがあり、民と天皇のつながりを見抜いたものでもあったろう。
悠紀殿や主基殿の中の設備のことを、「或人は、此お寝床の事を、先帝の亡き御身体の形だといふが、其はよくない。死人を忌む古代信仰から見ても、よろしくない。猶亦、或人は、此が高御座だといふが、此もよくない。」(大嘗祭の本義)という。「共寝」の話が出てくるわけではない。
「日本紀の神代の巻を見ると、此布団の事を、真床襲衾と申して居る」という。
高天原の天照大神の田の稲種を授かって、瓊瓊杵尊が降臨して葦原中国に伝えたという神話が、再現されるという、そういった神をたたえる文学の国民的共有は、あっても良いものだろう。
それは日本の文学や芸術の統合の象徴である、といえば、象徴という言葉を便利に使いすぎかもしれないが。

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