神話の森のブログ

+古文書の森。 日本の神話や民俗、また近世農村研究

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「白山比咩命」の「咩」はユニコードで記入するのが良いという話を去年書いたが、
http://nire.main.jp/sb/log/eid134.html
最近は、グーグルの検索で、IBM拡張漢字のコードでも区別なく検索でき、文字化けもなくなったようである。

「大日孁貴尊」で検索してウィキペディアを見ると、江戸時代のものだろうか、錦絵の画像が挿入されていた。日本の神話を題材にした絵は個人的にまあまあ収集したが、錦絵、浮世絵の類は、著作権上問題は少ないと思う。しかし描かれた時代の通俗性のようなものが強すぎる絵柄も少なくなくて、現代のイメージに合わないものもある。ウィキペディアの絵はまあまあ良いと思う。

さて、WEBでの縦書き表示が、意外に簡単にできることがわかった。
<div style="writing-mode:tb-rl"> 文章 </div>
IEでは右のようにすると良いようだ。
そこで昔テキストファイルにしてあった「神代系図」を、縦書き表示でアップした(先月)。

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『別冊太陽・宮本常一』


先月発売の『別冊太陽』は、「宮本常一 生誕100年記念」ということだった。
むかし古書店で手に入れた平凡社の『風土記日本』(宮本常一編集)というシリーズは、よく読んだもので、ホームページの「歌語り風土記」でもよく参考にした。
青森県のの話や、飛騨の匠の話、そして広島県の能地の浮き鯛のページの最後の1行は『風土記日本』を参考にした。(どれも叙述内容が短かすぎて物足りないのは、300ページの印刷物に押しこめる予定で書き上げたせいである。)

その最後の1行には、船を家として生活していた漁民たちのことにふれてある。彼らが「平家の落人」だというのは後世の付会だろうが、そんな説明を加えなくても、「船上生活」の人たちは日本中にたくさんいたようで、昭和30年代のNHKテレビの少年ドラマ(題名はポンポン大将だったか)でも、東京の下町で船を家として生活する家族が描かれていた。それほど古い時代のことではない。

日本人の住宅が、床の高い構造をしているのは、もともと船の上で生活していた長い歴史の名残りではないかと、宮本常一氏はいう。そうなのかもしれない。氏の出身は山口県の瀬戸内の周防大島で、瀬戸内での生活実感からの言葉でもあるのだろう。

船の家というのも、懐かしい風景である。
日本の八百万の神さまは、それぞれのお社に御神体をお持ちだが、御神体を納める器のようなものを「御船代(みふなしろ)」という場合がある。「船の代り」でもあるが、船の形をしているものもあるらしい。神々の住まいであることは、人の遠い先祖の住まいだったのかもしれない。

 いづくにか船泊てすらむ。安礼(あれ)の崎漕ぎ廻(た)み行きし棚無し小舟   高市黒人

有名な万葉歌だが、「棚無し小舟」の解釈が通説では合理的すぎるような気がしている。

さて「能地の浮き鯛」といえば、広島大学の生物学者、長沼毅氏のことが思い出されるが、最近NHKテレビの「プロフェッショナル」という番組の特集に登場され、25日の再放送を見ることができた。「生物学界のインディ・ジョーンズ」とも言われているらしく、注目の人であることは間違いない。

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文久四年の暦


文久四年の暦木版一枚刷の古い暦が、物置から出てきた(画像クリックで拡大)。

「文久四(年)甲子」とある。
「甲子」は六十干支の始りであり、甲子年には改元されることが多く、江戸時代も1624年・寛永 1684年・貞享 1744年・延享 1804年・文化 と改元され、この年(1864年)も2月20日に元治元年と改元された。

大の月は3、5、7、8、9、11月、小の月は1、2、4、6、10、12月とある。
太陰暦なので大の月は30日、小の月は29日である。太陽暦になると大の月は31日で、小の月は必ず「二、四、六、九、十一」月になり「西向く士(さむらい)」とおぼえることになった。

さて文久4年は、大の月は7、8、9月と連続し、小の月は1、2月と連続している。たまたまこうなったということだろうか……。

太陰暦には閏月というのがある。閏月の決め方は、地球の公転軌道の1周360度を30度づつに12等分し、更に24等分したときの地点の日が二十四節気である(これは現在も同じ)。そして二十四節気の中気である春分の含まれる月は旧暦の2月、夏至は5月、秋分は8月、冬至は11月などとなる。画像では太字で書かれた月の漢数字の左に「中十六日」などとあるのが中気の日である。そして約3年に一度、12の中気が含まれない月があり、これが閏月となる。
節気は角度で決めるので、節気から節気までの期間は、地球が太陽から少し遠くなる7〜8月前後は少し長くなるが、月の一周はほぼ一定なので、一年のうちでも5月〜10月ごろが閏月がやや多くなる傾向がある。

文久四年の暦の下のほうを見ると、「初午2月11日、ひがん2月10日、社日2月17日」とある。2月17日は祈年祭の日でもある。
「八十八夜3月28日、入梅5月3日、半夏生5月29日、二百十日7月30日、冬至11月23日」、11月23日は新嘗祭だが、新嘗祭は冬至祭の要素もあるので、この年はぴったりの日である。ただし新嘗祭は11月の2回目の卯の日とされたこともある。

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