神話の森のブログ

+古文書の森。 日本の神話や民俗、また近世農村研究

2006年4〜6月の記事


139 鳥柴の木 2006/06/29 鳥の神話
138 難しい漢字 2006/06/25 書評その他
137 あやめもわかぬ五月雨 2006/06/21 歳時記
136 「群馬の習俗」 2006/05/28 歳時記
135 世之介歳時記 2006/05/24 歳時記
134 パソコンで使えない漢字の表示法 2006/05/18 書評その他
133 IME専門用語辞書の公開 2006/05/15 書評その他
132 竹取の翁 2006/05/12 和歌
131 本居宣長の恋 2006/05/07 和歌
130 端午の節句 2006/05/05 歳時記
129 木を植える神(植樹祭の季節に) 2006/04/30 日本の神
128 円生の「水神」と水神の森のカラス 2006/04/27 鳥の神話
127 風が吹いたら桶屋が儲かる 2006/04/24 書評その他
126 桜が散る 2006/04/16 歳時記
125 いざ鎌倉 2006/04/03 昔話と伝説

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鳥柴の木


楊枝のとこを、クロモジともいうが、クスノキ科の落葉低木でクロモジという木があり、昔から楊枝の材料に用いらたのでそういうらしい。楊(柳)などとともに、噛むと香りがすることが、珍重されたのだという。

柳田国男『神樹篇』によると、東北地方や新潟県を中心に、クロモジの木のことを、トリシバ(鳥柴)あるいはトリキ(鳥木)ともいう。そのいわれについては「鷹狩の獲物の鳥を人に贈るのに必ず一定の樹の枝に結わえ付けて持って行く作法があったが、中でも四季を通じて最も普通に用いられたのがこのクロモジの木であったがゆえに、それで鳥柴という名が生まれた」ということが昔の多くの鷹狩の家の伝書などに伝わっているらしい。

柳田翁は、さらに猟師が獲物の一部を神に供えるときにも、枝に挿したりする同じような方法が用いられ、これと通ずるものだろうという。「鳥と耳寄りな話」でも述べた方法である。さらにまた正月の餅花繭玉も起源は同じなのではないかともいう。
正月の門松にも、食物を付ける風習の地方もあり、同様のものということになる。

門松は、正月の神が留まる依代(よりしろ)あるいは神が訪れるための標(しるし)でもあるのだが、同時に神への供え物でもあることになる。正月の鏡餅などは、供え物であるとともにご神体でもあるなどとは、よくいわれることである。

アイヌのイナウは、木の枝の表面を細く削ってふさふさと垂らし、御幣のようなもなのだが、この枝もクスノキ科の木がよく用いられたという。
幣(ぬさ)を付けて神の依代とされる代表的な木は、(さかき)である。今の植物学で言うサカキは、枝が香ることはなく、またサカキは北国や雪国には生育しないことから、古典に詠まれた「榊」は、そうした楠科の樹木を含めてのものではないかともいう。

 榊葉の香をかぐはしみ とめくれば 八十氏人ぞ まとひせりける(拾遺和歌集)
 少女子があたりと思へば 榊葉の香をなつかしみ とめてこそ折れ(源氏物語)

参考 柳田国男『神樹篇』 和歌の引用は「神木を詠める和歌」(和歌集成)より

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難しい漢字


5月18日の「パソコンで使えない漢字の表現法」に関連して

小此木、あるいは、此木、という地名があり、「此木」はコノギと読む。
柳田國男の『地名の研究』によると、「柴」という一文字だけでコノギという地名もあるらしい。同書によればコノギはクヌギの転で、クヌギは今は櫟(くぬぎ)などの特定の種類の樹木のことだが、時代や地方によってさまざまな樹木をそう呼ぶことがあり、元は要するに薪に用いた木という意味らしい。昔話で、おじいさんが山へ柴刈に行った、というときの「柴」のことで、シバともコノギとも言った。
柴と書いてコノギと読むのが不思議に思われた時代に、柴の字を二つに切り離して此木とし、間違いなく皆がコノギと読めるようになったというわけである。

もし難字でも2つに分けられるものがあれば、二文字の表記を通用表記としても良いのだろうが、そううまく分けられるものは少ない。上が「神」で下が「虫」の漢字で「かいこ(蚕)」と読む字を見たことがあるが、2文字の「神虫」で「かいこ」でも良いかもしれない。

広島市安佐北区に野冠とも書く地名があり、「のかづき」という。本来は冠ではなく「門構えに屋」という字だが、もとの意味に近い漢字として「冠」の字も使われるのだろうと思う。
奈良県橿原市の軽樹村坐神社(かるこむらにますじんじゃ)は「軽」でなく「木へんに據廚箸い字だったと思うが、木を車におきかえて「輕」の字がかなり用いられている。

地名の表記では、少々漢字表記が変わっても抵抗感は少ないのだろう。

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あやめもわかぬ五月雨


「いづれが菖蒲(あやめ)か杜若」とは、すぐれたものどうしが優劣をつけがたいことをいう。

「あやめもわかぬ」も、区別のつけがたいことをいうのだが、この「あやめ」は花のことではなく、筵(むしろ)などの編み目や布の模様のこと(綾目、文目)で、「あやめもわかぬ」は、優劣ということではなく、単にものごとがはっきり見えないこと、分別がつかないことをいう。暗闇でものがよく見えないことにもいう。

 葛城やあやめもわかぬ五月雨  松瀬青々

梅雨の時期の雨で景色も薄暗くてはっきり見えない情景である。しかしやはり花のアヤメにも掛けている句なのだろう。
旧暦5月28日は、曽我兄弟の仇討があった日である。富士の裾野での巻狩を終え、夕べの宴も終るころのことを、文部省唱歌では次のように歌っている。

 「富士の裾野の夜は更けて、宴のどよみ静まりぬ。
  屋形屋形の灯は消えて、あやめもわかぬ五月闇」

こちらは真っ暗で何も見えないような状態だったようだ。

本間祐編『超短編アンソロジー』(ちくま文庫)に、小泉八雲の『狂歌百物語』からの歌が載っていた。

 これやそれとあやめもわかぬ離魂病 いづれをつまと引くぞわづらふ

離魂病とは今でいう夢遊病のことだろうか。妻の顔もわからぬとは記憶喪失でもあるのだろう。

誰だか彼だか顔がわからない夕闇のことを「誰そ彼」の意味で「たそかれ」という。

 五月雨のたそかれ時の月影のおぼろげにやはわれ人を待つ  凡河内躬恒(玉葉集)

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