小野小町 花の色はうつりにけりな

 花の色は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに 小野小町
(百人一首の九番目。古今和歌集)

 この歌については、美貌を誇った小野小町が、年齢をかさねて容色の衰へを嘆いた歌だとする説が多過ぎるような気がする。20世紀の先進国の映画女優でもあるまいし、と思ふ。
 同類の歌が、平安時代に何人もの女性によって詠まれたといふのなら話はわかるが、この歌一首だけのようでもある。後の時代でも、女性が公開の場で、そのような言葉を述べるものだらうか。

小野小町 小野小町と同時代の在原業平がモデルといはれる「伊勢物語」は、色好みの文学ともいはれる。色とは、恋愛、恋心のことであり、色好みは恋の儚さを熟知してゐることでもあるといふ。
 「花の色は、うつりにけりな」とは、恋心が失せた、心変りした、といふ意味にとるのが自然ではないかと思ふ。誰の恋心かといへば、「花の色」なので女だらう。小町自身の恋心とすれば、この歌は男に対する「断り」の歌になる。長雨のときの物思ひで、よくよく考へたら、さめてしまったといふ意味になる。(あるいは「ながめ」は、眺めてゐるだけで、その後何もアプローチしてこない男に愛想が尽きたといふ意味かもしれない)
 男の求愛を断る女性の歌なら、この時代にも山ほどある。百人一首では清少納言の歌も同様で、「世をこめて鳥のそら音ははかるとも」の歌では、漢詩の知識をひけらかして男を驚かせるといふ特徴がある。小町の歌にも、伝弘法大師作といふ「いろは歌」のような世の無常を述べるような知識があるのではないか。

伊勢物語の二十段の話に、
春の弥生のころ、京の男が、大和の女に会って求愛した。男は京へ戻る途中に、春といふのに紅葉色した楓を見つけ、珍しく思ひ、歌を添へて楓の枝を女に送った。
  君がため手折れる枝は 春ながら かくこそ秋のもみぢしにけれ
真赤な楓の色を、自分の恋心にたとへたつもりだったが、あとから届いた返事の歌。
  いつのまにうつろふ色のつきぬらむ。君が里には春無かるらし
「秋」を「飽き」とかさね、男が心変わりしたと受け取られたようだが、
春の出会ひの直後に、秋のイメージしかない紅葉した楓の枝を送ってくるセンスの無さが、一番の問題なのだらう。紅葉した葉には、これまで実に多くの人たちが詠んできた秋の歌が、こびりついて離れない。それを知らないのは、歌を知らないのだらうし、色好みとはいへない。実際は女のほうがさめてしまったのではなからうか。
「うつろふ色」といふ言葉は、「花の色はうつりにけりな」と同様の意味であらう。

河出書房の『別冊文芸読本・百人一首』によると、小野小町の「花の色」については、論が分れてゐるようである。冷泉持為など15世紀(室町時代)の解釈では、言葉の背後に容貌の意味があるとされ、近世の賀茂真淵以後の国学者は、桜花の意味だけにとればよいとしてきたらしい、近代になってぼちぼち15世紀風の解釈も復活したが小数派であるといふ(片桐洋一氏)。
しかし戦後の一般むけの解説本では、小数派ではないような印象がある。

角川文庫『百人一首』の島津忠夫氏によると、藤原定家の『八代抄』で、小町の歌は式子内親王の次の歌と並べて評されてゐるので、容色の衰への意味もあるだらうとする。
 はかなくて過ぎにし方を数ふれば 花にものおもふ春ぞへにける 式子内親王・新古今和歌集

 しかしこの歌は、過去を懐かしく回想する趣であり、容色の衰へに結び付くだらうか。人生がはかなく過ぎてゆくことは、誰もが経験し受け入れるしかないことである。

新潮文庫『百人一首』の安東次男氏も「容色の衰へ」のことを書いてゐるが、定家の『八代抄』のほか、『百人秀歌』で、喜撰法師の歌と並べて評されてゐることを指摘する。百人一首では小町の歌の直前にある歌である。
 わが庵は都の辰巳 しかぞすむ 世を宇治山と人はいふなり 喜撰法師

 都の辰巳の庵に住んで、毎日澄んだ心でゐる。それを知らぬ都の人は、私がただ世間を憂しといふだけで隠れ住んでゐると思ってゐるらしい。この歌には、いろは歌の後半の「うゐの奥山今日越えて、浅き夢みし酔ひもせす」の趣がある。小町の歌は、前半の「色は匂へど散りぬるを、わが世誰そ常無らむ」に重なるように思ふ。

室町時代の人のいふ、小町の容色の衰へ云々は、小町が老いてから乞食の姿でさまよひ歩いたといふ「卒塔婆小町」の説話を人々に連想させて、世の無常を説いたものなのだらうと思ふ。
一方、江戸時代の国学者は、説話のなかの仏教色を嫌っただけのように思ふ。
それぞれの立場で、それぞれに正しいのだらう。

蛇足ながら、間違った解釈があるとすれば、次のようなものである。女性に仏教の無常観がわかるはずがないので、自分の容色の衰へを嘆いた歌だ、これは間違ひ。
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