3・11大震災以後

 3・11大震災以後、福島原発の危機的な状況が続いている。
 好転を神頼みするしかないのだが、これからの「苦難の日々」のことに思いが行ってしまう。

 岡野弘彦著『折口信夫伝』を開いて、昭和20年の敗戦直後のころの部分を読み返してみた。

 「日本人が自分たちの負けた理由を、ただ物資の豊かさと科学の進歩において劣っていたのだというだけで、もっと深い本質的な反省を持たないなら、五十年後の日本はきわめて危ない状態になってしまうよ」と、教室で憂いに耐えがたいという面持ちでわれわれに言うことがあった。


 50年後というのは1990年代後半ごろのことである。時代への違和感というか、社会が思考停止しているようなことを感じ始めた時代だったと思う。
 1つはオタク文化化した技術というか、誰にも真似できないような技術が本当に尊いかということ。ガラパゴス化という言葉もあるが、細やかなサービスは、消費する側の感覚の細やかさを消してしまうことになりはしないか。継承者が生まれにくいほどの特異な伝統文化であっていいのか。そういったものはけっきょく私的な私小説文化と同類のものでもあるのだろう。
 1つはむかし差別問題といわれたものが、環境問題へシフトしているような状況。言葉狩りもそうなのだろう。けっきょくケガレばかりを増やしてしまって、実際はそれと常に共存しているような状況。ツミケガレの観念は、日本の神道の根本的なものではなかったはずだ。
 そのほかもろもろ。
 昭和20年の敗戦に匹敵するような経験が、これから始まるような気がする。
 とはいえ、被災地で見られる地域社会の再生と再認識は、苦難の日々を分かち合うには不可欠のものなのだろう。
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