氷川神社

旧大宮市高鼻

 武蔵国一宮の氷川神社は、素戔嗚(すさのを)尊をまつり、氷川は出雲の斐川にちなむ名といふ。

 ○武蔵なる氷川の森に雪つもり、八重垣こもる神の御社   橘千蔭

 天保のころの縁起によると、神武天皇の大和入りのときに、当時大和国にゐた饒速日(にぎはやひ)尊の子の可美真手(うましまで)命(宇摩志麻遅(うましまぢ)命)が天皇に帰順した。可美真手命の子の日賢安良彦(ひさかあらひこ)命が東国へ下って物部(もののべ)の姓を名告り、氷川社をまつったといふ。

 社殿の脇にまつられてゐる門客人社は、今はてなづち、あしなづちの神をまつるといふが、江戸時代には豊石窓・櫛石窓の二神をまつり、古くは荒脛巾(あらはばき)神社といった(新編武蔵国風土記稿)。主祭神を守護する土地の神のことらしい。