高負彦根命

比企郡吉見町

 比企郡吉見町から大里郡大里村付近を、古く横見郡とも吉見郡ともいった。

 ○月をだに吉見の里の秋の暮、松風ならでとふ人もなし  俊成卿の女

 大里村に近い吉見町田甲の高負比古根(たかふひこね)神社の裏に、玉鉾山といふ岩の丘があり、岩の上を踏みならせば鼓のやうな音が響くので、ぽんぽん山ともいふらしい。

 ○雲さそふ峰のこがらし吹き靡き、玉の横野にあられ降るなり  歌枕名寄

 むかしこの地方には鬼が住み、鬼の毒気により市野川の水も飲むことができなかった。里人たちは川辺の楡の木の下で相談をしたが、良い考へも浮かばずに解散した。一人の若者が居残って市野川の流れを見てゐると、美しい娘が声をかけ、一掬ひの水を求めた。若者が毒の水だから飲めないと事情を告げると、娘は、里人のために清い水にしてみせませうといって、剣を若者に授けて、自分は市野川に飛びこんだ。すると川底から不思議な石が現はれて霊気を発し、たちまち澄んだ清らかな水となったといふ。若者は剣で鬼を退治した。娘は岩室の観音様の化身といひ、若者の名は高負彦根命といふ。(藤沢衛彦・北武蔵の伝説)

 岩室観音堂は吉見の百穴の南にあり、さらに南には松山城趾がある。