室津の遊女

揖保郡御津町

 室津は遊女発祥の地ともいはれ、古代から江戸時代までにわたって繁栄を極めた。平安末期のころ、花漆といふ名の遊女は、唐人からもらった財宝を天皇に献上したところ、数々の宝を賜り、それをもとに室津に五つの寺を建てたといふ。

 ○花漆ぬる人もなき今宵かな。室ありとても頼まれもせず      花漆

 建永二年(1207)、法然上人が、七十四歳で讃岐へ流されるとき、室津の港で一人の遊女に出会った。遊女は、友君といひ、かつては山吹の名で木曽義仲の寵愛をうけ、流浪の果てに、その罪深き身を嘆いて救ひを求めてきたのである。法然は女を哀れんで念仏の功徳を説き、歌を書いて与へた。

 ○仮そめの色のゆかりの恋にだに、あふには身をも惜しみやはする  法然

 感激する友君の求めに応じて、自身で刻んだ頭像をも与へ、法然は港を出ていった。友君はこの頭像に胴体をつけようと、粘土をこね、月日をかけて何度もつくり直して法然上人の像を完成させた。この像は今も室津の浄雲寺に残ってゐる。