柿本神社

益田市上高津町

 石見国小野郷は、古代の小野氏の一族が住んだ地といひ、小野氏の分かれが、柿本氏である。柿本人麻呂は、石見の小野郷に生まれともいひ、天武三年に石見守に任ぜられたともいふ。人麻呂は石見国の鴨山で没した。

 ○鴨山の岩根し枕ける吾をかも、知らにと、(いも)が待ちつつあるらむ  柿本人麻呂

 この歌にある鴨山とは、益田市高津の沖にあった鴨島のことで、人麻呂の死後、勅命によってここに社殿が建立されたといふ。のち万寿三年(1026)の断層地震により、島は海中に陥没した。このとき人麻呂公の神像が松崎に漂着し、ここに社殿が再建されたが、延宝九年(1681)、亀井藩主により現在地の高津に移して再建された。

 江津市黒松の海岸を、底干浦といひ、人麻呂夫妻の歌が伝はる(八重葎)。

 ○天地の底干の浦に我ごとく君に恋ふらん。人はさねあらじ     伝依羅娘子

 ○みち潮の底干の浦にくらぶれば、我が衣手は猶や沈まん      伝柿本人麻呂