蘆刈
難波
摂津国、難波に若い夫婦がゐた。何かの原因で収入を断たれ、仕へてゐた者も去り、屋敷は荒れ放題で、将来を案じる毎日だった。男は、若い妻の貧しい姿を見るに忍びず、「汝は京に上って宮仕へをせよ」と言ひ、再会を約束して二人は別れることになった。
妻は京の貴族の家に仕へることができたが、夫のことを忘れず、たびたび故郷に手紙を出すが、一度の返事もなく、夫の行方は杳として知れなかった。そのうちに家の北の方が亡くなると、女は貴族の妻に迎へられた。幸せな暮らしではあったが、やはり摂津のことは気になってしかたがない。あるとき難波の祓への行事を知り、それを口実に別れた夫を捜しに難波に出かけた。
難波のもと居た家は跡もなく、捜しあぐねて日も暮れかかるころ、車の前を
○君なくてあしかりけると思ふにも、いとど難波の浦ぞすみうき
歌を受け取ると、女はよよと泣いて、自分の衣服を脱いで与へ、歌を書き添へて、京へ去っていったといふ。
○あしからじとてこそ人の別れけめ。何か難波の浦もすみうき 大和物語