蘆刈

難波

 摂津国、難波に若い夫婦がゐた。何かの原因で収入を断たれ、仕へてゐた者も去り、屋敷は荒れ放題で、将来を案じる毎日だった。男は、若い妻の貧しい姿を見るに忍びず、「汝は京に上って宮仕へをせよ」と言ひ、再会を約束して二人は別れることになった。

 妻は京の貴族の家に仕へることができたが、夫のことを忘れず、たびたび故郷に手紙を出すが、一度の返事もなく、夫の行方は杳として知れなかった。そのうちに家の北の方が亡くなると、女は貴族の妻に迎へられた。幸せな暮らしではあったが、やはり摂津のことは気になってしかたがない。あるとき難波の祓への行事を知り、それを口実に別れた夫を捜しに難波に出かけた。

 難波のもと居た家は跡もなく、捜しあぐねて日も暮れかかるころ、車の前を蘆刈(あしかり)の男が横切った。乞食のやうないでたちだったが、別れた夫に似てゐる。伴の者に、男の葦をすべて買ひ上げるやうに言ひ、男を呼び寄せた。近寄る男の顔は、別れた夫に間違ひなく、涙があふれ、男に食物と衣服を与へるやうにいった。そのとき、車の下簾の陰から、女の顔が、男の目に入った。別れた妻の顔である。男は自分のみすぼらしい姿をみじめに思ひ、その場に葦を投げ棄てて逃げ出した。近くの家に飛びこんで竃の陰に隠れた。伴の者がやうやく探し出したが、声をかけてもそこを動かず、ただ硯と墨を乞うて歌を書いて渡すだけだった。

 ○君なくてあしかりけると思ふにも、いとど難波の浦ぞすみうき

 歌を受け取ると、女はよよと泣いて、自分の衣服を脱いで与へ、歌を書き添へて、京へ去っていったといふ。

 ○あしからじとてこそ人の別れけめ。何か難波の浦もすみうき    大和物語