白鳥の関

和歌山市湯屋谷 旧中山村

 むかし近江国にある夫婦が幸せに暮らしてゐたが、ある朝目覚めると、妻の姿はいづこともなく消え失せ、ただ枕もとに手束(た つか)(ゆみ)が置いてあるだけだった。男はこの弓を妻の形見と思ってしばらく暮らした。ある日、弓は白鳥の姿に変って飛び立ち、男がどこまでも追ひかけて行くと、紀伊国に至り、白鳥は人の姿になって歌を詠んだといふ。

 ○あさもよひ、紀の川ゆすり行く水のいつさやむさや、いるさやむさや

 手束弓とは十握(とつか)の大きな弓のことで紀の関守が持つものといふ(風土記逸文)。万葉集などにも歌はれる。

 ○吾が背子(せこ)が跡履み求め追ひ行かば、木の関守い、とどめなむかも   笠金村

 ○あさもよひ紀の関守が手束弓、ゆるすときなくまづゑめる君     袖中抄