琵琶が池

愛知郡西枇杷島町

 むかし藤原師長(もろなが)といふ人が、無実の罪で、愛知郡井戸田の里(名古屋市瑞穂区)に流されて来た。師長は、なにごとも諦めた寂しい暮らしの中で、琵琶を弾くことだけが慰めだった。そのうちに里長(さとをさ)の娘の横江(よこえ)と親しくなり、結婚しようとも思った。そんなとき都から使ひが来て、無実の罪が晴れたので都に戻るやうにとのことだった。師長は横江のことで悩んではみたが、けっきょく形見の琵琶を横江に預け、都へ去って行った。悲嘆した横江は、師長の後を追ひかけたが、枇杷島(ひ ば しま)川まで来て、届かぬことと悟り、歌を詠んで川の傍らの池に身を投げて死んだ。

 ○よつの緒の調べあはせて三つ瀬川、沈み果てしと君に伝へよ    横江

 横江の胸には、形見の琵琶がしっかりと抱かれてゐたといふ。いつしかその池は、琵琶が池と呼ばれるやうになった。横江は小場塚村(西枇杷島町小場塚)の琵琶塚に葬られたといふ。藤原師長は琵琶の名手で、保元の乱に関って土佐へ配流ともなった。