犬頭糸伝説

安城市

 安城市の矢作(やはぎ)川の西岸地域を、もと藤野郷といひ、藤の名所でもあり、絹糸の産地として知られた。

 ○紫の糸くりかくと見えつるは、藤野の村の花盛りかも      宗国 夫木集

 むかし三河国の郡司に新しい妻ができたので、古い妻の家には通はなくなった。古い妻の家はそのころから貧しくなり、飼ってゐた蚕も一匹を残して皆死んでしまった。残りの一匹さへも白犬に喰はれてしまったが、虫一匹のために犬を叱りつけるべきでないと、ただ悲しんでゐると、犬の鼻の穴から二本の糸が出てきた。引いても引いても糸は出てきて、十束、百束と増え、四五千束になったときに犬は死んだ。妻は桑畑に犬を葬って祠を建ててまつった。その糸は白く輝き、この世のものとは思へぬ美しい糸で、都に献上されて天皇の装束に織られたといふ。郡司も元の妻のところに戻り、幸福に暮らしたといふ。(今昔物語)

 犬をまつった祠が、犬頭神社(岡崎市上和田町)となったらしい。