苧がせ池

岐阜市

 むかし尾張の福富新蔵といふ侍が三河の本宮山(愛知県一宮町)に登ったとき、白髪の鬼女が現はれた。新蔵が鬼女に向って矢を射ると、不意に暗雲が立ちこめて闇となった。しばらくして雲が晴れ、辺りを見まはすと鬼女の姿はなく、血が点々と落ちてゐたので、そのあとをたどって行くと、木曽川近くの余野村(愛知県丹羽郡大口町)の小池与八郎の家に着いた。小池とは旧知の間柄であり、新蔵は事のいきさつを話した。そして風邪で寝込んでゐるといふ小池の妻玉女を見舞はうとすると、寝屋の障子に赤々と血で一首がしたためてあった。

 ○求めなき契りの末のあらはれて、今こそ帰る古里の空       玉女

 部屋の外にも血が落ちてをり、血の跡をたどると、木曽川を越えて広沼に至り、沼には血に染まった苧がせ(麻糸の束)があった。女は竜神の化身だったのである。それ以来、広沼を苧がせ沼といふやうになったといふ。美濃国稲葉郡(岐阜市)の伝説である。