讃留霊王

坂出市

 景行天皇の御代に、讃岐の海で大魚が荒れ狂ひ、多くの船を沈めたので、皇子の神櫛(かみくし)王が讃岐国に派遣された。王は、多度津のあたりから櫛梨川(金蔵寺川)をのぼって船を櫛梨(くしなし)山に泊め、船磐(ふないは)大明神をまつって戦捷を祈った。海に戻って首尾良く大魚を退治した後、王は城山(坂出市府中町)に居城を築き、国造に任命された。王は、没後に国府の鎮守の城山神社にまつられ、讃留霊王とも呼ばれた。王の子孫が、讃岐氏、酒部氏である。王はまた櫛梨山に葬られたともいひ、櫛梨神社(仲多度郡琴平町下櫛梨)がある。櫛梨とは酒成(くしなし)の意味で、酒造の祖でもある。