二万の里

吉備郡真備町

 斉明天皇の御代、百済救援のための兵を吉備国で募集したところ、吉備郡のある村から二万人の兵が集まった。天皇はこれを喜ばれて「二万の里」の地名を賜った。しかし天皇が筑紫で崩御されたため、二万の兵は筑紫からそのまま引き返したといふ。(風土記逸文)

 ○貢ぎ物、運ぶよほろを数ふれば、二万の里人、数そひにけり   藤原家経