安蘇沼の鴛鴦

安蘇郡

 むかし下野国の安蘇郡に一人の鷹使の男がゐた。ある日、男は鷹狩の帰りに安蘇沼のわきを通ると、ひとつがひの鴛鴦がゐたので、そのうちの雄鳥を射て、鷹に与へた。鷹は頭の部分を食べ残したので、餌袋に入れて家に持ち帰った。その夜、男の夢になまめかしい女が現はれた。女は、泣きながら夫を殺された恨みを切々と述べ、歌を詠んで飛び去った。

 ○日暮るればいざやと云ひしあそ沼の真菰(まこも)の上に一人かも寝む

 男が目覚めて餌袋を開いてみると、雌鳥が雄鳥のくちばしをくはへて死んでゐた。これをあはれに思った男は、出家したといふ。(沙石抄)

 同様の話は全国にあり、鷹使の男が寺を建て、名は鴛鴦寺といったが、何かのときに名を変へたといふ話になってゐる。下野の安蘇沼氏は、藤原秀郷(俵藤太)の流れで、頼朝の奥州平定への功績により、所領を賜はってこの地に移住したといふ。

 ○下つ毛野(けの)安蘇の川原よ、石踏まず、空ゆと来ぬよ。()が心()れ   万葉集3425