松山の八百八狸

松山市

 むかし松山の久万山に八百八匹の狸が住んでゐた。狸のボスは隠神(いぬがみ)刑部(ぎょうぶ)と名告り、天智天皇の御代からここに住んで松山城を守って来た最長老である。ある日、刑部狸のところに犬の匂ひのする妙な侍が現はれた。後藤小源太といひ、飛騨高山で生れ、幼いころ母を亡くして野白(のじろ)といふ犬の(ちち)で育ったといふ。狸は親しみをおぼえたので、小源太が狸たちに害を及ぼさない代はりに、小源太が困ったときはいつでも助太刀することを約束した。小源太が助けを求めるときの合図は、こんな歌である。

 ○人外の身の性来を引くからは心に心、心して見よ

 ところがこの小源太は、城の悪家老の奥平久兵衛の回し者だったのである。奥平は殿様の側室のお袖と通じて、お家乗っ取りを計画し、殿様に毒を盛って、殿は中風のやうになってしまった。城内は乗っ取り派と正義派に別れて大騒動。狸は、約束と正義の板挟みの中、あちらこちらに神出鬼没の化かしあひを繰り広げる物語が展開されて行く。