ふき姫

秋田市

 ○秋田の国では、雨が降っても唐傘などいらぬ、

   手ごろのふきの葉さらりと差し掛けさっさと出てゆくわい   秋田音頭

 むかし秋田の仁井田の里が、まだ深い森で覆はれてゐたころ、村長の家に、ふき姫といふ一人娘があった。ある年、村長は重い病に臥せり、ふき姫は必死の看病を続けてゐたが、病状は一向に良くならなかった。そんなとき、ふき姫は、仁井田の森の泉のことを思ひ出した。あの泉の水は、どんな病にも聞くといふ。しかし森には、女は近づくなといふ掟があったのである。その年の秋の夜、父の病さへ治れば自分はどうなってもよいと、ふき姫は意を決して水瓶を持って森に出かけた。森をさまよひ、やうやく泉を見つけて、ふき姫が水を汲まうとすると、案の定、泉の底から白い大蛇が現はれ、水は渦となって巻き上がり、ふき姫のからだを飲み込んで行った。

 その夜、里に大雪が降り、一足早い冬がやって来た。父は行方不明となったふき姫の身を按じてゐたが、病は日を追って快復して行った。やがて春が来て、父が泉を訪れたとき、泉のそばに見慣れた水瓶を見つけて、父は声を上げて泣いたといふ。永く妻を得ることのできなかった白蛇の祟りは、消え去ったのである。

 そのとき泉の畔に、雪の中から顔を出した小さな花は、「ふき」と名づけられ、このときから里に春をもたらす花となった。成長した秋田のふきは人の背丈よりも伸び、食用になって村人の餓ゑを癒し、またせき止め、血止めの薬としても他村にも知られるやうになった。