なかなか進まないサイト更新について、かねてからの計画を書いてみる。
「神話の森のブログ」は、記事ごとにテーマを吟味したコラムの形式で来たが、更新が少なくなってしまった。「日本を学ぶ」という一般的な主題で、読書記録など、なんでも書き留めておいたものを載せるもの良いと思う。
「歌語り風土記」は、いつか九州の百合若大臣の伝説の和歌を何かの本で見たのだが、メモするのを忘れてしまった。記事を増やすためにネット検索を利用することはないと思う。画像の追加として、本やパンフレットの表紙を簡単な紹介とともに載せる案がある。
「歌語り歳時記」は、このブログの一部分になってしまっているが、独立させたい。
「日本の神話」 一部の難解な用語の部分をのぞいた古事記の口語訳はかなりできあがっている。しかし一部の語の説明法を検討し始めたら、一筋縄でいかないこととわかって、停滞中。
以前印刷した「歌語り日本史」を利用して、「千人一首」のようなコンテンツも良いと思っている。難易度は低いので、こんなものから着手するのも良いかもしれない。
神話はロマンだと言う人も多い。はたしてそうだろうか。
このブログの本館サイトの「神話の森・神話浪漫館」の名を「神話の森・物語と民俗館」に改称した。浪漫館とは語呂の良いことばだったが、その言葉の軽さは当初から気になっていた。
和歌と民俗学を基軸とした人々の信仰の問題へのアプローチ、その信仰は共同体的の性格をもつものであること、そうしたことが主要なテーマであり、語り継がれる形態は歌物語として、今に書かれる散文も類似的でなければならない、ということだった。この歌物語が神話と呼べるものである。
神話はロマンであるかもしれないし、そうではないかもしれない。
少なくとも古代をユートピアのように言うのは間違いだろう。江戸学の話を聞いていても、江戸は本当に温かみのある人間味豊かな理想的な社会であったかのように思える。それはつまり、現代に忘れかけていたものを思い出させてくれた感動のことなのだろう。過去にユートピアがあったのではなく、現代の心にも通じるものが何百年、あるいは千年以上も続いていたことへの感動であり、それを称してロマンというなら、悪いことではない。あるいはどの時代においても人は悩み苦しみ、そこから時代を越えて感銘しあえる文化を築いてきたのかもしれない。
しかし通じていたと思ったら通じていなかったこともままあるのである。
一部の記事へのトラックバックは、管理人が「承認」の処置をとってから公開されます。こちらのページにはすぐに表示されないこともありますが、しばらくお待ちください。
★一部の記事とは、「日本の神」のカテゴリー、またアニメヒーローなどと同名の神仏を扱った記事などです。
季節やニュースの記事へのトラックバックはあまり問題はありませんが、
その他ではあまりに無関係の内容のトラックバックは承認されません。
記事内にこちらの記事のURLを記入してリンクすることをお薦めいたします。
「承認されにくい記事」とは
・タイトルなどの語句から「風が吹けば桶屋が儲かる」程度だけのつながり。
・毎日のネットサーフィンの記録にすぎない内容。
・トラックバックが主目的で作られたような記事。
・こちらの記事の内容そのものには理解と関心がないような記事。
7〜8年前に「歌語り」という表現形式に着目して、いくつかの執筆計画を立てた。平成10年に『歌語り日本史』を仕上げて印刷し、『歌語り風土記』『歌語り歳時記』の三部作のうち、『歌語り風土記』は印刷物ではなくweb上へアップしたのが平成14年である。これはひとことでいえば地方神話のカタログである。地方神話の再構成とまではいっていない。
『歌語り歳時記』は一時単独のブログで始めたが、方針を変更してこの『神話の森のブログ』の中で展開される予定。いわゆる歳時記的なもののほか生死の問題や天体気象、動植物そのほか。
ほかに『日本の神話』と題して、古事記と日本書紀を合体させて口語訳で述べて、他の文献で補うというもの。これもweb上にアップして、関連する項目は『歌語り風土記』などへリンクするかたちが良いと思う。とりあえず、ちかぢか古事記の口語訳のみをアップして、あとで書紀の内容を追加してゆくことになる。口語訳の原稿はかなりできているのだが、漢字のよみがなをつけたり、簡単な注釈を付けるのに手間取っている。
さらに個人的に芸能芸術論と創作集なども別に考えている。
---リンク---
玄松子の記憶 神社参拝記と神社研究
玄松子のぶろぐ 上記サイトへの導入ブログ
楡山神社 埼玉県深谷市、楡の御神木と年越祭(節分)で知られる神社。
雪月花 季節を感じて