鯖大師

海南町鯖瀬 八坂山鯖瀬大師堂

 海部郡海南町付近の海岸は複雑に入り組み、八坂八浜と呼ばれる風景美をほこるが、路行く者には大変な難所だった。むかし四国を巡ってゐた弘法大師がここを歩いてゐると、鯖を積んだ馬をひく馬子が通りかかった。大師さまがその鯖の一匹を乞うたところ、馬子は乞食坊主にやる鯖はないと、そっけなく通り過ぎようとした。そこで大師さまが一首を詠んだ。

 ○大坂や八坂坂中、鯖ひとつ大師にくれで馬の腹病む       弘法大師

 すると坂道を登らうとした馬は、たちまち腹痛をおこして立ち往生してしまった。馬子は驚いて、あの有名な弘法大師さまに違ひないと詫びて鯖を献上すると、大師さまがまた詠んだ。

 ○大坂や八坂坂中、鯖ひとつ大師にくれて馬の腹止む       弘法大師

 これで馬の腹痛が止んで、元通りに歩き出したといふ。大師さまが鯖を海に投げ入れると、鯖は生き返って泳ぎ去ったといふ。同類の話は諸国にある。