承久の変で父帝の後鳥羽院が隠岐へ流されると、御子にあたる土御門(つちみかど)院は自らすすんで土佐へお移りになり、さらに阿波国にお移りになった。阿波の吉田の御所屋敷に行宮を営まれた。その地(板野郡土成町宮川内)に院の霊をまつったのが御所神社である。 ○吹く風の目に見ぬかたを都とてしのぶも苦し夕暮れの空 土御門院 ○埋(うづ)もるる木の葉の下のみなし栗、かくて朽ちなむ身をば惜しまず 土御門院