周防のみたらし
光市
むかし室積(光市)の普賢寺で、性空上人が、生身の普賢を拝み奉りたいと祈ったところ、七日目に童子が現はれていふには、「室の遊女長者を拝め」と言った。上人が室に出かけると、遊女長者は上人に酒を勧めて、歌を歌った。
○周防のみたらしの沢辺に風の音つれて
他の遊女たちが囃した。
○ささら浪立やれ
上人が目を閉ぢると、遊女長者は普賢菩薩となって眉間から光を放ち、かすかな声でお経をつぶやいた。目を開くと、もとの遊女の姿でみたらしの歌を歌ってゐたといふ。三十一文字の歌も伝はる。
○周防のむろつみの中なるみたらひに風は吹かねどささら波立つ
室積の浦は、平安時代の末、鹿ヶ谷事件で鬼界が島へ流罪を言ひ渡された平康頼が、船で護送される途中しけにあひ、仮泊したところである。このとき康頼は、普賢寺の僧をたづねて出家し、性照の名をもらった。
○つひにかく背きはてける世の中は、とく捨てざりしことぞ悔しき 平康頼
康頼は、のち許されて、鬼界が島から京へもどったといふ。