十勝の国石狩川の上流

 香具師の口上を二種かがげてみる。

【ろくろ首の見せ物】 皆さんがた、可哀さうなのはこの子でこざい。この子の生まれは北海道、十勝の国石狩川の上流で生まれまして、ある日のこと、お父さん鍬にて蝮の胴体真っ二つ、蝮の執念子に報いましてできた子供がこの子でござい。当年とって十八才、手足が長く胴体に巻き付くといふ……

【万年筆売り】 ……今まで日本には三大万年筆と称しまして、高価なお金を出さなければ買へない万年筆がたくさんございました。二円も三円も出して小学校の子供さんにあてがったこの万年筆。ペン先が折れた欠けたでは絶対に使ひみちにならない。今までのお使ひになりました万年筆は金ペン。イレジウムを忘れてをります。これが折れた欠けたでは何にも使ひみちにならない。この不便をとるために、神田の工学博士キタムラヨシヲ先生が、北海道十勝の国、石狩川の上流に研究所を設けまして、三年八ヶ月といふながーい間、研究いたしまして、六方石に蛍石の粉末合成一二〇〇度以上の熱をこめまして引き延ばしましたる硬質ナトリウムペン、どんなに乱暴にお書きになりましても、急いでお書きになりましても、ペン先が折れたり欠けたりすることがない。……

 (以上、坂野比呂志の実演レコードから起して引用)

 明治二年に北海道十一か国が定められ、北海道中央の石狩岳を境にして十勝国と石狩国ができた。石狩川は石狩岳の北に発して、大雪山を左に見て北流し、西に向きを変へて旭川へ流れる。川の水源地は大雪山の東南の十勝寄りにあたるので、その場所は十勝の国と意識されたのかもしれない。北の国の山奥といふ類型的なイメージとしては歌枕のやうなものである。また上流の水源地での蛇と金属精練の話には、何か古い信仰の影を見ることができる。