民俗地名語彙事典

民俗地名語彙事典 民俗地名語彙事典 松本美吉、ちくま文庫
三一書房の大型本上下2冊を少々省いて文庫化したもの。大きな2冊の本は家にあるのだが、重くて手にとらぬまま、文庫判を注文。780ページの厚さだが、手軽に扱える本である。

「原」の項目を見る。
九州などでは、何々原の原は、何々村の村と意味が近いのだということだけが、長々と書いてある。
しかし、だとするなら、同じ九州に多いフレ(何々触)にも似ていることになる。このフレは行政用語なのであって、隣国に似た言葉があっても行政用語として採用されただけなので、それをもって人の移住があったとすることはできないとは、都丸十九一氏が書いていた。都丸氏のほうが国語学的なのである。
「崩壊地名」の小川豊氏は、複数の古語辞典などからの引用も多くて、国語学的であり、説得力がある。

「山」のところを見る。
平地の山林のことを山という例の説明が長くある。
それだけでなく、猟師の猟場のことをヤマというとか、ヤマは仕事場の意味に広がって、畑のことをヤマという例もあるとか。海の漁師は良い漁場のことをヤマというなど。こういった説明は、「民俗地名語彙」の名にふさわしく、多くはこのパターンで書かれているので、評価も高い本なのであろう。先程の「原」のような説明は例外的ということ。しかし国語学的な説明はもう一つ足りない気がする。

やはり、地名研究者には国語学的でない人が多いのかもしれない。柳田国男が地名研究から撤退したときも、国語学の不得手を理由にしたという話を思い出した。
だが、ここで、柳田国男の撤退については、本当の理由というのが、わかったように思った。それはすなわち、地方の地名研究者たちの多くは民間語源説から抜け出ていないところへ、柳田翁が介入して国語学などを材料にして審判を下すわけにはいかなかったのだろうということ。論争する地方人たちの一方を否定して一方を肯定するのでは、地方に痼が残り、他の分野の研究を進めるにあたって好ましいことではない。柳田本人は国語学が苦手だということもあるまい。いわば大人の判断で介入を避けたということではなかろうか。
その結果、国語学から遠い地名研究者は減らなかったのかもしれない。
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