春夏冬二升五合

最近見聞きしたいくつかの洒落のきいた話。

ある料理屋の壁に飾られた色紙に次のように書かれてあった。
 「春夏冬
  二升五合」
「春夏冬」は秋が無いので「商い」のことだとすぐわかったが、「二升五合」の読み方に困って、同席の70才くらいの風流そうな人に聞いてみた。つまり「二升」は一升桝が2つでマスマス(桝桝)、「五合」は一升の半分だからハンジョウ(半升)。「商い益々繁昌」となる。昔の風流な人が店のお祝いの時にでも書いて贈ったものなのだろう。

ある上棟祭のときに神様にお供えする魚や野菜を大工さんが用意することになった。大工さんの手帳には野菜に「大根」と書いてあって、もっと高額なものを用意できる予算はあるのだが、大根は「胸がやけないから」大根なのだという。「棟が焼けない」を掛けているわけである。
上棟祭のときの引出物はどこの家でもヤカンと決まっていたものだった。これも家を「焼かん」という意味である。

人丸神社(ひとまるじんじゃ)が「火止まる」で火防せのご利益があったり「人生まる」で子授けや安産のご利益というのも、語呂合わせから始まったものなのかもしれないが、長い年月にわたって繰り返されているうちに、一つの信仰の形に定まってゆくのだろう。
現在でも、結納品の品目の「子生婦(コンブ)」やら「寿留女(スルメ)」といった書き方は、一式がセットで販売されていることもあって、よく知られていると思う。
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