古代の英雄の「卑怯」な戦術について
日本の古代の英雄とされる倭建命(ヤマトタケルのミコト)の戦い方には、一見「卑怯」に見えるやり方であることに、子ども時代から疑問をいだいていたのだが、数年前に、やっと解決した。
このブログに書いたような気がしたが、書いてないようなので、次に書く。数年前の読書の記憶について古事記か日本書紀か、どちらだったか忘れてしまった。
神武天皇一行の大和入りの直前の戦いのくだりを、改めて読んだのだった。
一行は、敵軍に対して、大きな落し穴を掘り、落し穴とはわからないようにして、敵軍を落し穴に、落として、はめたのである、漫画のような場面にも見えるのだが、よく考えると、これは、狩猟で獣を生け捕りにする方法であり、それを人間との戦いに応用したのだろうと思った。
猪などを仕留めるのに、武器も持たず、同じ条件で素手で戦いを挑んだからといって、それで賞讚されることは、あるまい。戦争などは滅多に起こることではないので、とりあえず日常的な狩猟と同様の方法を採用して、落し穴などを掘ったということだろう。
敗者の讃えかたについても、仕留めた猪の耳を山の神に捧げることと延長上に考えられなくもない。
「正々堂々」の起源は、やはり動物などにも見られるメスの取り合いであろうか。しかしそれは一人が何度も経験することでもなさそうだ。専門の軍人たちが増えて行ったことによるものだろうか。
このブログに書いたような気がしたが、書いてないようなので、次に書く。数年前の読書の記憶について古事記か日本書紀か、どちらだったか忘れてしまった。
神武天皇一行の大和入りの直前の戦いのくだりを、改めて読んだのだった。
一行は、敵軍に対して、大きな落し穴を掘り、落し穴とはわからないようにして、敵軍を落し穴に、落として、はめたのである、漫画のような場面にも見えるのだが、よく考えると、これは、狩猟で獣を生け捕りにする方法であり、それを人間との戦いに応用したのだろうと思った。
猪などを仕留めるのに、武器も持たず、同じ条件で素手で戦いを挑んだからといって、それで賞讚されることは、あるまい。戦争などは滅多に起こることではないので、とりあえず日常的な狩猟と同様の方法を採用して、落し穴などを掘ったということだろう。
敗者の讃えかたについても、仕留めた猪の耳を山の神に捧げることと延長上に考えられなくもない。
「正々堂々」の起源は、やはり動物などにも見られるメスの取り合いであろうか。しかしそれは一人が何度も経験することでもなさそうだ。専門の軍人たちが増えて行ったことによるものだろうか。