神話の森のブログ

日本の神話や民俗、また近世農村研究

ことばの言い替え


上のブログタイトルの下に「日本語などについて」とあり、一つのテーマです。このブログでは、古き良き言葉をたどるとともに、現代の日本語の問題点についても考えます。問題点とは、じつは若者言葉の多くは日本語史の流れからみて大きな問題はなく、官僚や企業、マスコミ用語に多くの問題があるという話になると思います。

さて最近耳にした「認知症」という言葉、認知症の老人とはボケ老人のことですね。差別感を危惧しての新語なのでしょう。本来なら認知障害としないと意味が通じないのですが、認知症と言替えたのでしょう。こういう言葉もある程度はやむをえないのでしょうが、最近はあまりに多量過ぎます。

ある程度やむをえないとは、日本語では忌むべき言葉を言い替えたり遠回しに言う言葉が多いからです。

今は駅などでもトイレという表示ばかりになりましたが、お手洗いその他、どんどん言い替えられて死語のようになった言葉がたくさんあります。古い言葉では厠(かはや、カワヤ)という言葉。ただし1300年前の古事記にも厠という漢字が出てくるのですが、後世の訓で慣習的に読んでいる可能性があるかもしれません(詳細については調べていませんが)

腰という言葉は今では腰骨の周辺のあいまいな部分をいいます。古代では細腰というようにウエストの意味だったのです。今の腰骨の周囲を呼ぶ言葉もあったのでしょうが、その言葉は嫌われて死語となったのでしょう、その部分から少し離れた部分を意味した腰という言葉で代用するようになりました。性的なものを連想する言葉が言い替えられたのでしょう。古事記には性的な表現が多いのですが、これらも後世の訓で読まれたための可能性があり、「大らかな古代」についても少し差し引いて見なければならないと思います。

ネズミをヨメと言い替えた話は10月10日の記事に書きました。ネズミを神の使いまたは神そのものと見て、忌々しきものと考えたからでした。神さまの名前を口にすることを忌んで、長い年月のうちにその名を知る者が誰もいなくなって、学者の知恵で再び名づけられたような例もあります(しかしそれで信仰の形が変わったというわけではありません)。

人を呼ぶのに、他人や格上の人の実名を呼ぶのは非礼だという感覚は今でもありますが、そういう場合に「部長」などの職名で呼ぶ場合があります。単なる職名の言葉なのですが、常に「格上」という感覚がつきまとって最近は「敬称」とまで意識する人が増えました。やや敬語法の混乱を招いている嫌いもあります。

★神や人の名前・所有物、性的なもの、排泄に関するもの、など、どの時代の言葉でもそれより古い時代の言葉が言い替えられたものであることが多いわけです。

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コメント

森の番人 | 2005/11/15 17:39
たとえば「目尻」という言葉。何百年か後の人が見てこの時代の「目の尻」という言い方は性的に大らかな時代だったのだというかもしれません。しかしシリとは単に端という意味でしかなかった言葉ですから、それは誤解になるのでしょう。

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