神話の森のブログ

日本の神話や民俗、また近世農村研究

民家の間取り



漫画のサザエさんの家の間取りの図を、とあるサイトで見た。漫画で絵の背景を多数見ながら、パズルを組立てるようにして、全体を描いたものなのだろう。
http://www.sazaesanitiba.com/madori.html
サザエさんの家は、昭和20〜30年代の首都圏のサラリーマン家庭の家だと思うが、間取りは、関東の農家の家に似ている。部屋を田の字型に区切り、東西に3部屋、南北に2部屋の計6部屋である。東の2部屋と、西の田の字の4部屋を、南北に廊下が区切る。
 北側は西から、台所、茶の間、子供部屋。
 南側は同じく、床の間、客間、若夫婦の部屋。

 東側に若者の部屋を置くのは、農家と同じ。その西の廊下の部分は、農家では土間が広めにとってあった。西の4部屋の南側に、廊下または縁側が付く。廊下の西の突き当たりが便所。茶の間は中央北側のじめじめした部屋で、日当たりの良い南の部屋は、客間として確保される。
 農家と違う点は、北西の台所、北東の玄関である。農家の玄関は、南北に続く廊下の南であり、廊下の北端に台所が続く。北西は主人夫婦の部屋。昔は子供部屋というのはなかったので、子供は親と同じ部屋に寝て、学校の宿題などは縁側でした。大きくなったら若者の部屋となる。南西の床の間は、本来の客間なので、普通は使用しないが、家族の人数に応じて使われることもある。
 昭和30年代ごろから、どの家も、洋間風の客間を設けることが広まった。和室のまま絨毯を敷いて応接家具を置く家も多かった。床の間が使われなくなり、物置状態になった家が多い。子供部屋についても、なんとかしないといけないと、親は思うようになった。

 昭和の頃の平均以上の農家では、土間の西は4部屋でなく6部屋あった、東北の1部屋が茶の間、または囲炉裏を置いた居間で、その西は壁の多い納戸である。納戸は、寝室であり貴重品をしまう部屋だったが、昭和の戦後は、タンス部屋ないし収納専用の部屋になった家が多いようだ。壁の多いこの部屋を、子供の勉強部屋にした家を見たことがある。
 明治時代以前の各部屋の意味については、あらためて書くことにしよう。

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