神話の森のブログ

日本の神話や民俗、また近世農村研究

消えた湖の伝説その1


 むかしこの土地は湖だったという伝説が各地にあります。中には事実が確認されているものや、近代になって干拓されたことが明らかなものもありますが、何故か神社の由緒に、この土地は湖だったと書かれることが多いのです。東日本の例をいくつか見てみましょう。

(1)福島盆地
福島市の鹿島神社の由緒。「古昔、信夫郷が湖沼であった時、僅かに水上に出ていた鹿島山上に常陸国鹿島神宮より蝦夷経営のため分祀勧請した」

(2)伊奈良の沼(群馬県東南端〜)
板倉町の雷電神社の由緒。「ここは奈良時代、万葉集に伊奈良(いなら)の沼と詠まれた大湖のあった所で、雷電の社はこの湖水に浮かぶ小島に鎮座し、昭和の初め干拓がなされるまでは水郷風景さながらでした」
現在の利根川、鬼怒川、渡良瀬川などが合流する付近は、大きな湖や沼が多かったようです。
  上毛野(かみつけの)伊奈良の沼の大ゐ草、よそに見しよは、今こそ益され  万葉集3417

(3)椿湖(つばきのうみ)千葉県
八日市場市の水神社の由緒。「下総の国に椿湖(つばきのうみ)と呼ばれる、太古以来神秘の水をたたえた霊湖がありました。今から三百余年前の寛文年間に、この湖を干拓して農地をつくろうとはかり……」

(4)甲府盆地
東八代郡中道町の佐久神社の由緒。向山土木毘古王(むこうやまとほひこおう)が、第二代綏靖天皇の時代に甲斐国に来たころは「甲斐の国の中央部は一面の湖であり、この湖水を疏導する為、土地の豪族、苗敷に住める六度仙人(去来王子)、姥口山に住める山じ右左辨羅などの協力を得て、南方山麓鍬沢禹の瀬の開削により水を今の富士川に落とし多くの平土を得、住民安住の地を確保した。」向山土木毘古王の別名は蹴裂明神(けさくみょうじん)ともいい、同じ県内各地で微妙に異なる伝説があります。

そのほか
(5)秋田県の横手盆地が湖だったことは地質学で証明されているようです。
(6)長野県の安曇野などの犀川流域での「竜の子太郎」伝説。母の竜が湖の水を外に流して豊かな平野ができたといいます。

comments (0) trackback (0) 編集

コメント

コメント投稿

トラックバック