神話の森のブログ

日本の神話や民俗、また近世農村研究

敬語が乱れる理由


NHKテレビで韓国の宮廷ドラマをちらと見たら、身分の高いと思われる人たちの言葉遣いが、ぞんざいで品がないことに違和感をおぼえた。2,3年前に某人気狂言師のシェイクスピア劇(翻訳劇)を観たときも同様の印象を持った。王子が自分のことを「俺」などと言ってみたり、そのほか要するに丁寧語すら使わないのだった。

「敬語が乱れている」とは、このことだろうと思った。学校敬語の分類でいう尊敬語と丁寧語と謙譲語の区別がわからなくなってしまった現象の一つなのだろう。身分の高い人は下の者に対して敬語一般を使わず、だから丁寧語も使わないのだろうという誤解である。

日本のドラマや映画でも似た傾向はあるのだろうが、いくらかは「まろは」とか「〜してたも」とかいう言葉は今の人にも理解されていると思う。「〜してたも」とは「〜して賜へ」が縮まったものなので尊敬語ということになるが、下の者に対しても使われる。これを語源は尊敬語だが下の者に使うときは丁寧語などと分類したがる人もいるのだろうか。それは不明だが、それぞれの職能などを尊重すれば下の者にも尊敬語を使うことはありうることである。それは人間の社会にとって非常に大切なことだと思う。

現在なぜ敬語が乱れるのか。その理由は簡単なことだと思う。
敬語は人間の上下関係で使いわけるものだと教えられているにもかかわらず、立場や権力が「上」にある人物の多くが、尊敬に値しない人物だからである。無理に使おうとしても、尊敬の気持ちが伴わないからである。

敬語を守るということなら、必要なことは、形式だけのルールを学校で教え込むことよりも、「上」にある者すべてが尊敬に値する人物にならなければならないということだろう。
しかしそれが難しいことであるなら、同じ立場の者どうしや、下の者に対しても、ちょっとした敬語を使う生活も良いのではないかと思う。

赤の他人に対して敬語を使うという慣習は昔からあったのである。それも崩れかけている印象がある。
これらも、近年の日本人が中国や韓国朝鮮の悪口を平気で言えるようになってしまったことや、ちょっとでも異質な子供をいじめるような風潮と無関係ではないのだろう。
言葉が社会を映しているということだろう。

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コメント

どんぐり | 2011/05/13 08:53
レジ係も当たり前の様に、お預かり、何て言うレジ係の立場を聞かされる筋は無い。
レジ係は、スーパーやその店の店主代理だから、頂戴しました、って言うのが筋です。
テレビCMも間違った敬語の山です、今からの子供に悪い影響をあたえます。
それと、教授や目上の人に対する敬語は分かるが会話中の、なるほど、は無いよ失礼です。

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