地名小辞典をめざすにあたり、地名の語根というべきものからとりかかることにした。
最初は、柳田国男『地名の研究』から引用または要約が、メインになる。
出典は次の例のように示す。
〔地名考説:二一 アクツ、アクト〕
〔〕より上は全て、指定の書からの引用または要約、という意味。「地名考説」とは『地名の研究』の主要論文。
地名小辞典をめざすにあたり、地名の語根というべきものからとりかかることにした。
最初は、柳田国男『地名の研究』から引用または要約が、メインになる。
出典は次の例のように示す。
〔地名考説:二一 アクツ、アクト〕
〔〕より上は全て、指定の書からの引用または要約、という意味。「地名考説」とは『地名の研究』の主要論文。
阿久津は、多くは川に添った低地。「圷(あくつ)」。安久戸、悪戸。
出水のために新生した土地。
水害が多く湿地でもあり、居住や耕作に適しなかったため、「悪」の字を用いたか。近世の土木技術の向上により、良い田にもなった。明戸の「明」は、開発の意味をこめたもの。関東に多い。〔地名考説:二一 アクツ、アクト〕
越前の温泉地、蘆原。湊の少し上流で、川の積土の上に開かれた新地の村
駿河安倍郡美和村大字西ヶ谷字阿原、もと池なりしが近世はあせたり。
志太郡葉梨村大字中藪田の沼、アワラともいう。この村の地左右山にて中央には沼あり。古はこの村すべて沼にてありしに、二百年来漸々に開墾したり。
志太郡藤枝町大字若王子の押切川蓮池に隣する北の谷に泉あり、アワラという。その下流時ヶ谷を経て葉梨川に入る。これは湧水の所かと思われる。
『駿河国巡村記』に、郡内の池及び滝を列記した中にも右の中藪田の阿原及び蓮花寺北谷の阿原すなわち若王子のアワラを載せている。おそらくは阿原を池の中に列したつもりであろう。
『飛州志』巻七に アワラ田、下田にて深泥の田なり 〔地名考説:一〇 阿原〕
泥田や湿地にとらわれた解説も多いが、「湧水の所」という点に注目すべきか。
田舎という地名。イナカは 、山地でもなく海岸河岸でもなく、その中ほどの、家居があり、田畑のあるところ。岡の裾に住んで、「沖」あるいは和田の水田を耕す村のこと。
田舎と浜の2つの小字が対照的に存在するところがある。〔地名考説:三四 イナカ〕
ウキは湿地。愛鷹山の南麓の浮島ヶ原。浮田は、深泥の田。フケ田というのもウキ田の転だろう。
道因法師「けふかくる袂に根ざせあやめ草うきはわが身にありと知らずや」、ウキは菖蒲などの生ずる地であることがわかる。
ドブも湿地のこと。関東などでは排水溝の意味にもなった。〔地名考説:一一 ドブ、ウキ〕
江角、エヅミ、本来はエドモである。江友。
北海道で岬をエドモという例。岬の意味のアイヌ語エンルムのこと。エンルムは北海道に多い地名。襟裳岬など。鼠(エルム)のこととする説が広まったのは、発音が変化してきたためか。〔地名考説:一三 江角〕
帷子、片平、武蔵橘樹郡保土ヶ谷町大字帷子。
一方が山で、一方は田野を控えているために、片平という。あたう限り水の害を避けて、あたう限り水の利に就くには、近く平野に臨める丘陵の傾斜地、すなわち片平の地がよい。
山城は、片平山に限った。城下としての片平は、片原ともいった。
東京で根津の片町。北埼玉郡鴻茎村大字根古屋字片原(根古屋は山城の城下を意味する地名)〔地名考説:九 帷子〕
教良石、教良木。「清ら石」「清ら木」であろう。すなわち霊石または霊木のある地でその石その木を神明の依る所として祭祀を営んだ場所。
香呂木、カブロギなども同種。コロバも「清ら庭」であろう。
古来の地名にはラキまたはロキ等の語尾あるものが少なくないが、教良木は上記の通り。〔地名考説:二五 教良石、教良木〕
燃料採取地を意味する。
クキ、久喜。クノキ、久木、国木、椢。
コノギ、柴。柴と書いてコノギと訓むのが不思議なため、「此木」と二つに分けて理屈をつけた。
大阪の柴島(クニシマ)。小此木。椚の字を「クヌギ」と訓む。
久原(くはら)、久野(くの)、久沢・久谷・久土・久場・久平(くのひら)等も、同種。〔地名考説:八 久木〕
高下、広原、岡原、峡下、荒毛。
コウゲ。美作には何々高下という地名が多い。芝や原と書いてコウゲとふりがなの例。草生地のことであろうという。中国地方では、高原の草生地の水の流れに乏しい処をコウゲといっている。岡山県などには、高下鼻(こうげはな)、芝(こうげ)の花、などもある。
カガ。青森県のある地方では芝草をカガといい、芝原をカガハラという。加賀、足利のカガも、同類か。影ノ平・影谷などのカゲはどうか。古賀、後閑(ゴカ)、五箇山など。
カヌカ。「おらも若い時は山さも寝たけカヌカ錦に柴枕」 芝生、草のこと。〔地名考説:一九 コウゲ、カガ、カヌカ〕
散居、参居、三居、山居など。
跡取りが結婚して、親夫婦は別居するのをインキョという。親夫婦の祖父母がいる場合をサンキョという。家族が増加して、一部が分離して遠隔地の開墾に着手するのをサンキョといったのが元で、散居と書くのが意味通り。
ちなみに、タヤは、多くの新在家・出屋敷の起原。〔地名考説:三五 サンキョ〕
ソリは関東などで焼畑を意味する言葉。草里・雑里・楚里など。
反町は焼畑の多かった集落のこと。
小石川指ヶ谷町のサスも、焼畑のこと。佐分・佐分利も同様。〔地名考説:二七 反町〕
館(たて)。
「奥羽でタテというのは低地に臨んだ丘陵の端で、通例は昔武人が城砦を構えていたと伝えられる場処である。」「東北に往って聞いてみても、岡の尾崎をタテとはいうが館迹あととは言わない。畑とか林とかの場処をさしてただタテと呼ぶ。」「タテが必ずしも武家の住宅に基く名目でない」〔地名考説:三七 タテ〕
近文、チカプニ(鳥のいる木)。 近牛、チカプウシ(鳥多き所)。近浦(不明)。
近文内川、chikap-un-nay(鳥のいる川)。 近悦府川、chikap-pet(鳥のいる川)。
以上は北海道のアイヌ語地名。chikap は大型の白っぽい渡り鳥をいうらしい。
次は本州の例(独自説)。
近松(鶴のいる松)。岩手県 近内(鳥のいる川)。近津、近戸(鳥の集まる川岸。のち船着場となる例多し。関東周辺の神社名に多く、淀川の近都牧なども。)。
土居とは土手や堤防のことだが、地名となると、有力者の屋敷や、その跡をいう。
「土居の内」という地名もあり、中世は周囲に土累を築いたものもあるようだが、近世には周囲に何もない普通の武家屋敷のことをいうようになる。〔地名考説:四〇 土居の昔〕
山腹の傾斜の比較的緩やかなる地。
東国にては何の平と言い、九州南部ではハエと呼ぶ地形を、中国・四国ではすべてナルという。
奈良も同類。〔地名考説:二〇 ナル、ナロ〕
仁田、ニトなど。
アイヌ語「ニタト 沼地に樹の生じたる部分」(バチェラー氏語彙) 。
日本語でも、ニタは山水の浸み出してじみじみとしている所。
新田(にった)、沼田(ぬた)も同種。〔地名考説:一四 湿地を意味するアイヌ語〕
稲作に適した湿地ということ。
山麓、丘陵、台地の端を根という。その根岸に居住して新田開発にあたった集落。
ネガラミ 城の2つの入口を大手・搦手(からめて)と呼び、古くはこれを遠戸(とほと)・近戸(ちかと)と言った。正面は平坦であるから門をなるだけ遠方に置き、外人の進入にひまを取らせる。いわゆる遠侍・遠廏はその方面を守らせたものである。他の一方には裏口の崖がけを斜めに、樹隠れの嶮岨を降って出る路が近戸である。根搦へ下りて行くからすなわち搦手というのであろう。(柳田)
根小屋は、丘陵の上に城があり、その城下の村のこと。〔地名考説:三九 根岸及び根小屋〕
※ 近戸については、群馬県大胡城の大胡神社(旧近戸神社)、埼玉県深谷城の知形神社が、城の搦手の地にあるが、他の多数の例を総合すると、川の船着場の意のようだ。「ちか」の項を参照。
ハケ、八景坂、八卦。峡田(はけた)。何々八景。
ハッケまたはハケは東国で一般に岡の端の部分を表示する普通名詞。欠の字をもってハケに当てる例。
バッケ 多賀地方にて崖のこと また他の地方にて山岡などの直立せる崖。
イワハケ 岩の傾きたる岨
尾濃以西の諸府県でほぼこれと同じ地形を、ホキという。〔地名考説:四二 八景坂〕
アクツを圷と書き、ハナワを塙と書く。ハナワは低地(アクツなど)に接した台地。台地の端。
花輪、半縄とも書く。(歴史的仮名遣はハナハ、「鼻端(は)」)。
猪鼻(いのはな)、竹鼻、竹の花など。城の傍らに大竹藪を構えたという話は多くの書に見える。〔地名考説:四一 竹の花〕
何々㟽 など、㟽は元の字は標で、境界を示す榜示の意味。標とは本来は境の木のこと。境の木は榜示木ともいう。
そのまま「峠」と書いてヒョウと読ませるのもあるが、表、俵など別の字をあてるものもある。
兵道(ひようどう)という人名は、標処(ひようど)の義だろう。〔地名考説:三一 峠をヒョウということ〕
富土、風戸など。不動野。
丘陵や尾根が、二俣大根のようになっている所。丘陵の間には、必ず川が流れる。
海に出ているところは、良い港となり、川を利用した運輸や商業も盛んである。
保土ヶ谷などの「ほど」も同様の土地で、女陰を意味するホドのことでもある。〔地名考説:一七 富土、風戸〕
堀之内は、必ずしも戦術上のものではなく、中古の武家は、戦時には山上の要塞で戦い、平時は平地に大地主のようにして住んだ。屋敷の周囲の堀は一種の工作物で、その内には田も畑もあった。〔地名考説:三八 堀之内〕
土の崩れる崖をママという(相模の愛甲村辺でかくのごとき崖地をママックズレという)。
ママは、土堤のこと(上総・信濃)。高地の側面。崖のはずれ(地名辞書 柄上郡福沢村壗下)。
『蝦夷語地名解』に「北見宗谷郡メメナイ 崩れ川、崩壊をメメという」〔地名考説:一二 真間〕
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