井手の玉川

綴喜郡井手町

 天平のころ、山城国の奈良街道に面した井手の地に、左大臣橘諸兄の別邸があった。井手左大臣とも呼ばれた諸兄は、この地に井手寺をつくり、庭に山吹を植ゑ、水を湛へて建築をすすめたが、寺供養の日に思はぬ讒言にあって失脚し、庭を見ることもなく病の床に臥したといふ。それを哀れんで孫の橘清友が歌を詠んだ。

 ○蝦鳴く井手の山吹散りにけり。花の盛りに逢はましものを     橘清友

 木津川にそそぐ玉川と奈良街道の交差するところを井手の渡しといふ。渡しを通る旅人は、川の水を玉水とほめたたへ、手に汲んで飲み、旅の幸を祈った。

 ○山城の井手の玉水、手に汲みて、頼みし甲斐もなき世なりけり   伊勢物語