隼総別王と雌鳥王

一志郡美杉村川上 若宮八幡神社

 仁徳天皇のころ、謀反の疑ひをかけられた隼総別(はやぶさわけ)王と雌鳥(めとり)王は、大和国宇陀郡の山を越えて伊勢をめざして逃亡した。

 ○梯立(はしだ)ての(さか)しき山も我が(いも)と越えさり行かば安むしろかな    隼総別王

 古事記では、二人は、宇陀郡の曽爾(そに)村で討たれたといふが、日本書紀では伊勢国一志郡に入って討たれたといひ、一志郡の伝承では雲出(くもづ)川の中流の瀬戸ヶ淵(白山町)といふところだといふ。この近くに夫婦窟といふ石を畳ねた窟があり、隼総別王と雌鳥王の墓ではないかと本居宣長はいふ。または、二人の首は、もつれ合ひながら雲出川を遡り、八知から柳瀬を経て、今の美杉村川上の地で拾はれて、若宮八幡に祀られたといふ。

 若宮八幡神社は、雲出川の水源地に鎮座し、仁徳天皇と磐之媛(いはのひめ)皇后を主祭神とし、雨乞や武道、修験道などの信仰がある。歌人・国文学者の岡野弘彦は、ここの宮司家に生まれた。その著作で岡野家に伝はる正月の若水汲みの歌が紹介されてゐる。

 ○今朝汲む水は福くむ水くむ宝くむ、命長くの水をくむかな

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 天武天皇のころ、皇女の十市皇女が伊勢神宮へ参拝したとき、雲出川の下流の八太といふところ(一志町)で、従者が詠んだ歌。

 ○川上の湯津岩群(ゆ つ いはむら)に草むさず、常にもがもな。常乙女にて     吹黄刀自