山田男と白滝姫
婦負郡山田村
婦負郡山田村に山田温泉がある。昔この村のある男が、京の公家の家に奉公に出て、屋敷の庭を掃いたり薪を割ったりして仕へてゐた。家には白滝姫といふ美しい娘がゐた。男がある日、風呂をわかしたところ、白滝姫が入らうとして熱いとわかり、男は桶で水を運んだ。その水がこぼれて姫の袖を濡らした。そこで姫が歌を詠んだ。
○雨さへもかかりかねたる白滝に心かけたる山田
すかさず山田男は歌を返した。
○照り照りて苗の下葉にかかるとき山田に落ちよ白滝の水 山田男
姫は、山育ちの男が意外にも見事な歌を返したのに感心した。この歌が縁で、男は身分を越えて姫との結婚を許され、故郷に帰り、姫と終生仲睦まじく暮らしたといふ。姫の輿入れのとき京から持参した二枚の鏡のうちの一枚は、山田村の鎌倉八幡宮に今もあるといふ。「山田」といふ地名の各地に似た話があり、他所では姫が泉に入水する悲恋の話が多い。群馬県桐生市(旧山田郡)では、白滝姫が機織を伝へたとされる。