富士山

富士市

 むかし富士郡に子のない老夫婦があり、裏の竹林の中から現はれた幼い女の子を養子にして、かぐや姫と名づけた。姫が美しい娘に成長したころ、駿河の国司に見初められて求婚されたのだが、姫は、自分が富士山の仙女であり、老夫婦のもとでのつとめが終ったことを告げ、玉手箱を国司に与へて富士の頂に帰っていった。国司が玉手箱を開けると、中から富士の煙が漂ひ、その煙の中に姫の姿が見えた。国司は姫の幻を追って富士の頂上に登り、噴煙の中に再びかぐや姫の姿を見て、火口に身を投げたといふ。

 ○山も富士、煙も富士の煙にて、煙るものとは誰も知らじな    (神道集)

 別の話では、帝が行幸されたとき、美しい姫を見初められて一泊され、あらためて后に迎へようと都へ戻られた。ところが姫は、時が来たといひ、形見に不死の薬を残して、天の飛車に乗って天上へ帰って行った。不死の薬は帝に届けられたが、帝は、思ひ出すのも悲しいことだと受け取らず、使者は富士山の頂上で不死の薬を焼いた。その煙は絶えることはなかったといふ。

 富士山の神は、普通は、木花開耶姫(このはなのさくやひめ)といひ、浅間神社にまつられる。(版画・田中義一)

 ○富士の嶺は(ひら)ける花のならひにて、なほ時知らぬ山ざくらかな   続後撰集

 ○駿河路や、花橘も茶の匂ひ                   芭蕉

 ○物干しに富士や拝まん、北斎忌                 永井荷風

 源平のころ、鳥の羽音に驚いた富士川の合戦の以降、平氏は衰へていったといふ。

 ○富士川の瀬々の岩越す水よりも早くも落つる伊勢平氏かな