女化稲荷
龍ヶ崎市馴馬町 女化神社
永正(1504〜)のころ、常陸国河内郡根本村の忠五郎が、土浦の町に
ある日、母が末の子に
○みどり子の母はと問はば、をなばけの原になく泣く伏すと答へよ
忠五郎一家がいくら探しても、母を見つけることはできなかったといふ。村の鎮守の女化稲荷にかかはる伝説である。
永正(1504〜)のころ、常陸国河内郡根本村の忠五郎が、土浦の町に
ある日、母が末の子に
○みどり子の母はと問はば、をなばけの原になく泣く伏すと答へよ
忠五郎一家がいくら探しても、母を見つけることはできなかったといふ。村の鎮守の女化稲荷にかかはる伝説である。