をとめの松原

鹿島郡

 鹿島神宮の南方に軽野の里があり「をとめの松原」の伝説がある。

 むかし、那賀郡の寒田村に、神に仕へる美しい少年がゐた。海上郡の安是村に、やはり神に仕へる美しい少女がゐた。二人の評判は村々を越えて伝はり、やがてお互ひの耳にも入るやうになると、いつしか二人の間には、密かな思ひが芽生へていった。

 ある年のこと、軽野で歌垣の集ひが催され、そこで二人は偶然出会ふことになった。

 歌垣の初めに、神を招き寄せた松の木のかたはらに侍してゐた少女は、群集の中に少年の姿を見つけた。目と目が合ひ、少年の口から、これまでの思ひが歌になって出た。

 ○いやぜるの 安是(あぜ)の小松に、木綿垂(ゆふし)でて ()を振り見ゆも。安是小島はも

 歌の意味からいへば、歌垣の中心人物だった少女が、訪れる神の子として少年を指名したことになる。足早に近寄ってくる少年に対して、少女も答へて歌ふ。

 ○潮には 立たむといへど、汝夫(なせ)の子が 八十島(かく)り 吾を見さ走り

 二人は、歌垣の途中で庭を抜け出し、やや離れた松の木の下に人目を避けた。夜の更け行くのも忘れ、語り合ひ、契りあった。二人が目覚めた朝、互ひの顔を見合せ、昨夜の出会ひの意味もわからず、ただただ恥づかしさにかられて、二人は松の木となり果てたといふ。少年の松を奈美松(なみまつ)といひ、少女の松を古津松(こつまつ)といふ。(常陸国風土記)