安積山

郡山市日和田町安積山公園

 京の大納言の家に、たいそう美しい姫がゐた。この家に内舎人として仕へ始めた男は、姫を一目見たときから恋に悩んだ。死ぬほどに思ひつめ、とうとう侍女に頼んで気持を告げてもらふと、姫は、男を憐れんで部屋へ入れた。

 逢瀬は重ねても、かなふ恋ではない。男は意を決して姫をかき抱いて東国へ逃げた。長い旅の果てに陸奥の安積山に至り、山に隠れ住むことにした。平穏な幾年かが過ぎ、やがて姫は身ごもった。

 ある日、男はいつものやうに食物を求めて里へ出かけた。男の帰りを待ちながら、姫がふと山の井を見ると、水に映る自分の姿は、都で華やかな暮らしをしてゐたころとは似ても似つかぬものだった。哀れな姿を恥ぢた姫は、歌を詠んで息絶えたといふ。

 ○安積山。影さへ見ゆる山の井の、あさくは人を思ふものかは

 里から戻った男は、冷たい姫のなきがらにすがり、ただ嘆き悲しむばかりであった。男はそのまま姫に添ひ伏して死んだといふ。(今昔物語、大和物語)

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 奈良時代のこと、葛城王(橘諸兄(もろえ))が陸奥国に派遣されたとき、歓迎の宴での国司のもてなしがおろそかだったので、王は見るからに不機嫌なそぶりだった。それを見かねて、国司の娘がご機嫌をとらうとした。娘は以前に采女(うねめ)として都に出仕してゐたこともあり、王の前に出て、左手に杯、右手に水を持ち、王の膝をたたいて歌を詠んだ。

 ○安積山。影さへ見ゆる山の井の、あさき心をわが思はなくに

 それで、やっと王はご機嫌を取り戻して、楽しく宴の主役を勤められたといふ。(万葉集)